スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大富公民館にて、記念撮影

先日、焼津市の大富公民館で開催されていた

目からウロコの楽らく介助講座(全4回)が終了しました。



僭越ながら、私が講師を勤めさせて頂きました。



受講して下さった地域の皆さま、

場をつくって下さった公民館の皆さま、


お手伝いに来て下さった皆さま、

多くの方々に深く感謝いたします。





この講座は、介助に興味・関心がある

大富地区の方々向けに行った

無料の介助技術講座です。



介護従事者でない方々に講座を行ったのは、

はじめての経験でした。



そこで私は、

介護従事者の方々よりも、

介護を深く知らない方々の方が、

介助に関して優れている要素があると感じました。



それは、『介助が素直』なことです。







介護職員は介助をする時、

「介助しよう!」という気持ちを持ちやすいと、私は感じます。



「介助しよう!」と思った時点で、

その介助の主体は、介護職員になりがちです。



それは、お年寄りを大切にする介助と、少し違います。









介護を深く知らない方は、『素直』です。



すべてが新しいので、素直に学んで下さいます。



素直な介助は、上手でした。



「介助しよう!」という思いが、大きくなかったからでしょうか?









私は、介助に介助者はいらないと思っています。



介助に必要なのは、介助にかかわる2名の人間だけです。



そこに、介助者も被介助者もありません。





そんなことが、この4回を通してお伝えできていたら、

私は嬉しく思います。









この講座をきっかけに、大富から焼津へ、焼津から静岡へ、

静岡から・・・という輪を広げていければ、幸せです。





DSC03608.jpg


DSC03624.jpg


DSC03640.jpg
スポンサーサイト

もとの体に戻して下さい。


最近、知人の親族が脳梗塞で倒れた。



知人から、私に依頼が来た。



「家族のリハビリをして下さい。もとの体に戻して下さい。」と。



私は、断った。















知人は、医療に関する知識がない。



看護士から、「急性期はリハビリをしないと駄目」と聞いた様子。



しかし、今の病院ではリハビリはやらないということ。



そして、知り合いの私にリハビリの依頼がきた。



助け舟だけは出させてもらったが、それだけ。











私のリハは、私が生きるための職業。



私はリハで、金をもらえるから生きていける。



プライベートでリハしますか?



考えれば・・・考えれば簡単に思えるが、大きく揺れた。















これは、個人の感情なのか?



これは、専門職としての倫理観なのか?



これは、医療・福祉の姿なのか?



正しさは、どこまで正しいのか?











親や子供の介護なら行うのか?



兄弟のリハなら行うのか?



介護保険はどこまで支えになるのか?



それに直面したとき、私はどう決断するのか。















家族が死に直面したとき、私はどうするのか?















死は、マイナスの出来事ではない。



特別な宗教観はない。



でも、死は人生において否定されるものじゃないのは、何となくわかる。











今の内に、家族とたくさん話をするか。



最近、死生観を問われることが多くなった。



・・・なにかあるのか。

地域医療と介護・福祉をつなぐ会

先日、総合病院で開催された、
「地域医療と介護・福祉をつなぐ会」に参加した




どうやら、もう8回目らしい
(案内見たのはじめてですけど・・・)




正直つかれ気味で、当日になって参加を迷ったが、
ミーティングをすっぽかしてまで「行く!」と豪語した手前、
参加させてもらった




テーマは、
志田地域の”施設での看取りの現状を知る”
というもの




私の施設では、ほぼ看取りはないが、
他の老健ではかなりの%で看取りをしていた




特養と並ぶくらい看取りをしていた
何百人も老健で最後を迎えている
しょ、ショッキング




しかし、安心した
人生をしっかり守っているじゃないか




「老健とは、在宅復帰施設である!」
役割にこだわっていては、お年寄りを守れない




「守る」というのも変だが、
少なくともお年寄りを不幸にしない施設でありたい








勉強会がはじまり、
入所施設へのアンケート結果の発表や、
施設からの事例報告は、
・・・ぐったり




発表に不慣れな方々が多く、
・・・ぐったり




ぐったりして、すいません




途中で帰ろうかと思ったが、
最後の事例報告で復活!





老健の施設長のお話に胸を打たれた


発表方法もすばらしい
これだけで参加した甲斐が十分あった


最後にもってきた所がにくらしいですよ病院さん
また参加させて頂きます








私が勝手に勉強会で得たこと


・死は誰のものなの?
 私のもの
 家族のもの
 親戚のもの
 職員のもの
 社会のもの


 私の死は、私のものでありたいと願う
 私の死を大切にできる、1人の人間でありたい




・家族は、死の最大の利害関係者




・死の主役は本人
 そんな当たり前が、当たり前でない日本




・誰が本人を知っている?
 本人に決まっている
 では、本人以外に知っているのは?
 家族?
 友達?


 少なくとも、今の「私」はそこにいない
 あなたを看取りるには、私では足りない




・私たちは、看取りを仕事にしている
 看取りをしてお金をもらっている


 でも本当は、人が人と過ごしているだけ
 人生の最後を、過ごすだけ


 その私たちが、何をするの?
 何ができるの?
 傲慢にはなれない
 できることだけ、ただやるだけ




・私は看取りを知らない
 死を知らない
 それは、大きな経験不足
 死を語れない
 今はできることを、続けるだけ
 そのうちに、私も死に出会うのかな






「私には時間が必要」と、勝手に思った

リスクマネジメント

利用者 M、96歳、男性、介護度4、認知症高齢者自立度Ⅲa。意思疎通可能で軽度の右麻痺がある。排泄の間隔は一時間に一回程で車椅子自走しトイレにつくとコールを押しズボンの上げ下ろしを介助する。コールを押さないで一人でトイレに座っていることや車椅子のブレーキをかけないことがあり何度か転倒することもあった。

トイレで転倒。大きな音がしたためすぐに発見するが、左前頭部に腫脹、出血あり本人混乱していて意思疎通困難、救急車にて搬送される。転倒時、コールを押さず車椅子のブレーキはかかっていなかった。頭蓋内に出血みられるが命に別状はなくそのまま様子見となる。落ち着いてからも言葉がはっきり出ず意思疎通困難。大きな声を出し体動が激しく二日で退院となる。ADLは大きく低下し食事排泄等全介助。その後、頭蓋内の出血も変化なく状態落ち着いていて、食事は少しずつ自力で摂取することができるようになり排泄は全介助でトイレに座れるようになったが事故前よりも明らかに状態は低下している。

家族の反応は、迷惑をかけて申し訳なかった、もし状態に変化があっても延命も希望しないとの事だった。家族との関係も良好であり、事故後の対応もスムーズに行えたため訴訟になることはなかったが家族の対応次第では訴訟になり得る事例である。

訴訟になった場合、今までにも何度か転倒していて十分に転倒の危険を認識していたが、コールを押すこと、ブレーキをかけることの本人への説明しか対策をとっていなかった為、施設側の責任は大きいだろう。この利用者はトイレに行く前に職員に声をかけることが多く、車椅子を自走するスピードもゆっくりでトイレに着くまでに見つけることができズボンの上げ下ろしの時間もほんの少しの為、忙しい時間でも付き添うことは容易だった。トイレのコールを認識しやすいようにも対策をとれた。事故を防ぐためのリスクマネジメントとしては不十分だった。

しかし、具体的な対策をとっていたとしても事故がなくなることはなく、事故後のリスクマネジメントも考えなければいけない。この利用者のケアプランの中に、トイレで掴まり立ちする際ズボンの上げ下ろしの介助を行う、という項目があった。転倒の原因がコールを押さなかったことやブレーキをかけなかったことであっても、ケアプランの中で約束されているズボンの上げ下ろしを介助しなかったということで債務不履行となり訴訟で負ける可能性が高いのではないだろうか。実際にズボンの上げ下ろしをした場合でもその記録はどこにもないため、転倒しなくても債務不履行になってしまうのかもしれない。

 転倒に限らず、軽度の事故やヒヤリハットの時点で具体的な対策をとらなければいけないこと、家族関係を良好に保つこと、ケアプランを確実に実行し記録を残すこと、がリスクマネジメントとして必要なのだろう。

口腔ケア勉強会

施設内で勉強会があった。

テーマは「口腔ケアの大切さ」について。

リハ科の私は直接口腔ケアに携わることはないが、参加した。

勉強会の内容はさておき、口腔ケアがよくわからない。





口腔ケアが大切なのはわかってる。

私たちも毎日歯磨きをしている。

でも、しっくりこない。






お年寄りは、よく歯磨きを拒否をする。

勉強会では「○○さんが拒否して大変」という話が飛び交う。

歯科衛生士さんは「優しくやってください」という。

現場は「それはそうだけどさ~」いつもの感じ。






歯を磨かないと口が臭い。

誰かと会う時に申し訳ない。

社会的な理由で、歯を磨くのか?







歯を磨かないと虫歯になる。

歯が痛いと辛い。

快不快の理由で、歯を磨くのか?







口が汚いのは、モラルが許さない。

ときかく気持ちよい口でありたい。

人間として歯を磨くのか?







肺炎を防ぐ?

口臭を防ぐ?

美味しく食べるために歯を磨く?

人として歯を磨く?

お年寄りは、何で磨かなくなっていくの?






子供は歯磨き教室をする。

テレビに出ているパンツのブタもゴシゴシ歯を磨いてる。

虫歯になると痛み目をみる。

歯磨きしないと親や先生に怒られる。






歯磨きを億劫に感じる方もいると思う。

歯磨きをしないと気がすまない方もいると思う。

しなくても、全然平気で生きている方もいると思う。

口腔ケアって何なのか?







お年寄りを大切に思うから、口腔ケアをするのか。

お年寄りに清潔でいてほしいから、口腔ケアをするのか。

歯は磨くものだから、口腔ケアをするのか。






歯は、自分の体の一部だと思う。

でも、手足があることが当たり前であるように、

歯があるのも当たり前だと思う。





当たり前すぎて、大切にする理由がわからないかも知れない。

世の中に歯医者さんは多い。

歯医者さんは需要が高い。






口腔ケアって、歯磨きって、ほんとに大切ですか?

テレビの付け方わかりますか?

みなさんはテレビの付け方がわかりすか?

ご存知のように今のテレビはボタンを押して操作します。

今では、携帯電話やパソコンでもテレビを見ることができます。


そんな当たり前なことを!
と思っている方もいるかと思いますが

昔のテレビはメモリを回していませんでしたか?

その頃はリモコンと言う言葉さえなかったんじゃないかと思います。

今の時代、一家に一台どころか二台三台とテレビがあります。

次から次へと変わって行き
何年後かにはボタンではなくテレビに話しかける日がくるのかもしれません。
もしかしたらテレビなんてない時代もそう遠くはないのかもしれません。



ちょっと話は飛びますが、認知症もテレビと同じなのかもしれません。

認知症は10年後に3人に1人の割合ではないかという声もあります。

昔は認知症のことをボケや痴呆と呼び、治療、対応も様々でした。
それはこれからも変わっていくでしょう。

メモリを回さなければチャンネルが変わらなかったテレビのように、
認知症にもその時に最適な対応をしなければいけません。



今どうしたらいいのかはもちろん、
これからどうすればいいのかという
10年20年先を考えた生活を提供できるように

日々の生活(介助)を大切にしなければいけないのではないでしょうか。

公民館講座終了(一回目)

大富公民館で行わせていただいた
介助講座の一回目が無事終了した

17名の地域の方々が参加して下さった
  
家族を介護している方、
介護ボランティアの方、
興味本位の方、
さまざまだった


心の中では、
「もしかしたら2~3名かもっ?!」
と思っていたが、
申し込みがあってよかった

館長さん、この場を作って下さり、とても感謝してます




驚いたのは、私の施設の職員さんがコソコソ参加していたこと

とんだサプライズだった

施設でマンツー指導するわい





内容は、
①腰痛予防の骨盤体操
②寝返り介助のコツ
③起き上がり介助のコツ
で、一時間



介助方法を伝えるのは久しい

施設の介助を変えようとしていた時代を思い出した

前よりも講座が自分のペースでできた気がした

時間は人を育てている




質問もあって良かった

でも解決しきれなかった

ご本人を知らないのはもどかしい

ヒントくらいにはなれただろうか





次回は6月6日

内容は、
立ち上がり介助のコツ
移乗介助のコツ

何か得て下されば嬉しい





公民館は、
県と地域を繋ぐ中核施設

中学校単位で設置されているとのこと

言われてみればそうだ




地域の繋がりUPが公民館の目的

そのためには裁量で何をやってもいいそうだ

もちろん介助講座でも 

大変な仕事だ





これをきっかけに、
何か広まればいい

今は漠然とした目的だけど、
行動には反応が返ってくる
 
計画はやりながら、
自然と出来上がる気がする




最終的には、
NHK出演あたりを目指しましょう(笑)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。