スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

財産、たまってますか?

先日、私の友人が大切な言葉をくれました。





いまを生きるのが、少し好きになる言葉でした。



















その言葉は、私が解釈した時点で





友人が伝えたかったことと、変わってるのかも知れません。



















ここには友人の言葉ではなく、私の言葉を書きます。





言葉は友人から私へ、私からあなたにどのように広がるのでしょうか。



















私たちには財産があります。





この財産は、家族、金銭、地位といった見えるものではありません。



















介護でいえば、





――ケアの考え方





――組織での生き方





――生命への価値観





どれだけ真剣に介護(仕事)をしたかに左右されるものです。



















今のあなたの財産は、過去のあなたが貯めてきたものです。





過去のがんばり、真剣さ、熱意は、すべて今に繋がっています。



















いまを真剣に生きることは、未来に財産を残すことです。





私は、いまを生きるのが、少し好きになりました。

スポンサーサイト

委員会、存続できませんでした。

来年度、私が所属している「3大ケア委員会」がなくなることに決まりました。



3大ケア委員会は、食事・入浴・排泄ケアを向上するための委員会です。



まだ、立ち上げて2年目の委員会でした。



今後はその仕事を、現場レベルで行うことになります。















思うことはたくさんあります。



私は、委員会を存続させたい側の人間でした。



必要性を強く感じていたので。



しかし、その想いは、かないませんでした。



















正直に言って、悲しい気持ちです。



でも、嫌な悲しさではありません。



ふつふつと、底から湧いてくるものがあります。



「なら、別の方法でがんばる」



そんな想いでいっぱいです。















委員会という手段は、組織になじまなかったのだと思います。



それが確かめられました。



今後は、別の方法でアプローチを続けます。















いずれの方法にせよ、時間がかかります。



私には、足りないことが多すぎます。



人生が長くて良かったと思います。















ここで話をしたので、この想いは簡単には曲がりません。



当面の目標ができました。



明日も、仕事です。

認知症ケアの中の個別ケア

「認知症ケア」という言葉を知らない介護職員はいないと思う。

最近、その言葉がなにかとしっくりこないことがある。



認知症についての研修などでは、うるさいくらいに個別ケアを重要視している。

確かに個別ケアは重要なことだし個別ケアが間違っているとは思わないが

認知症ケアとして認知症の方を一括りにしていること自体が個別ケアではないと思う時がある。



認知症ケアを一括りにすることも間違っていないのだが

個別ケアは認知症ケアを行う前のケアであって認知症ケアの一つではないのではないだろうか。



うまく伝えられなくてごめんなさい。


例えば

風邪になった時、熱、咳、鼻水などある程度の決まった症状はあるが、その症状は人それぞれであることは当たり前だ。

認知症になった時も、記憶障害、見当識障害などある程度の決まった症状はあるが、その症状は人それぞれであることは当たり前だ。



それに、風邪でも認知症でも元気になりたい、自分らしく暮らしたい気持ちは一緒だと思う。



個別ケアが当たり前になって

研修の中に出てこなくなるぐらい当たり前になる日が来るのはいつになるでしょうか。

お客様の言葉5


     『痛い』



最期が近い方が言った言葉です。

原因はわかりません。

特養でできる医療には限りがあります。

ご家族も治療は求めていません。



90年以上続いた人生の最期です。



この方が笑顔で人生のゴールテープを切ることができるように

自分たち観客は何をすればいいのでしょうか。

お客様の言葉4


      『なんで予定より早く帰らせてくれるの?』



これはショートステイからの帰りの車の中での言葉です。

実際には予定通りの帰宅です。

施設内では楽しそうに話をしている姿を何度も見せてくれたし

帰りたいと言うことはありませんでした。



当たり前のことですが

施設より家のほうがいい。

実感しました。



家のほうがいいという事実は変えることはできないし

むしろ、家のほうがいいと思っていてくれたほうがいいと思います。

それでも

一分でも一秒でも一瞬でも

楽しいと思える時間が増えるようにしたいものです。

6年目の仕事



仕事をはじめて、今年で丸々6年になります。



6年経って、色々思うことがあります。













最近は、



「このまま仕事を続けていいんだ」



と思えることが増えました。













おおきく組織に貢献しなくても、



お年寄り愛に満ちていなくても、



ただ自分の仕事を続けることが大切だと、



今なんとなく感じます。















思い返せば、私が尊敬する方は、



たんたんと自分の仕事を続けている方です。













その方の背中を見ているだけで、



自分もこの仕事を続けようと思えていました。















私の心を動かしたその方は、職場を去りました。



私も、いつかその背中になれるでしょうか。


東京研修報告



9月末、東京で開催されたセンサリィ・アウェアネスという研修に参加しました。



これは、整体師とかカウンセラーとか、人が人を癒したり治したりする仕事の方が多く参加する研修です。



介護の世界で、この存在を知っている方はわずかだと思います。



でも、介護の方も知っていたらとても良いと思える内容です。











そこでは、何かを教えてもらうことはありません。



参加者が、自分の力で大切な何かに気付くということをやります。



講師は、その手伝いをしてくれる感じです。













言葉にはできない体験ばかりでした。



とても不思議で、楽しい時間をすごして来ました。











・・・それだけでは報告にならないので、



何とか言葉にできたことを書きます。















2人で隣り合って歩くとき、

相手をどう感じますか?



歩調があっていても、

心は離れていることがあります。





隣り合って歩くときは、

ちょっと体に触れてみてください。



歩調があわなくても、

心は近づいています。















見守りは、何を守るのでしょうか。



安全ではないのだと思います。



人が自由に生きるのを守るのが、



私たちの見守りなのだと思います。















生き物は、自分で動いて、世界を感じます。



みんな赤ん坊の頃は、「それしか」していませんでした。



それを止められると、悲しくなります。



世界を感じる自由を、制限してはまずいと思います。















今はまだ漠然とした私だけの想いですが、



誰かにお伝えできるものになったら、



セミナーに活かそうと思います。











誰かと想いを共有できたら、それは幸せなのだと思います。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。