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地域医療と介護・福祉をつなぐ会

先日、総合病院で開催された、
「地域医療と介護・福祉をつなぐ会」に参加した




どうやら、もう8回目らしい
(案内見たのはじめてですけど・・・)




正直つかれ気味で、当日になって参加を迷ったが、
ミーティングをすっぽかしてまで「行く!」と豪語した手前、
参加させてもらった




テーマは、
志田地域の”施設での看取りの現状を知る”
というもの




私の施設では、ほぼ看取りはないが、
他の老健ではかなりの%で看取りをしていた




特養と並ぶくらい看取りをしていた
何百人も老健で最後を迎えている
しょ、ショッキング




しかし、安心した
人生をしっかり守っているじゃないか




「老健とは、在宅復帰施設である!」
役割にこだわっていては、お年寄りを守れない




「守る」というのも変だが、
少なくともお年寄りを不幸にしない施設でありたい








勉強会がはじまり、
入所施設へのアンケート結果の発表や、
施設からの事例報告は、
・・・ぐったり




発表に不慣れな方々が多く、
・・・ぐったり




ぐったりして、すいません




途中で帰ろうかと思ったが、
最後の事例報告で復活!





老健の施設長のお話に胸を打たれた


発表方法もすばらしい
これだけで参加した甲斐が十分あった


最後にもってきた所がにくらしいですよ病院さん
また参加させて頂きます








私が勝手に勉強会で得たこと


・死は誰のものなの?
 私のもの
 家族のもの
 親戚のもの
 職員のもの
 社会のもの


 私の死は、私のものでありたいと願う
 私の死を大切にできる、1人の人間でありたい




・家族は、死の最大の利害関係者




・死の主役は本人
 そんな当たり前が、当たり前でない日本




・誰が本人を知っている?
 本人に決まっている
 では、本人以外に知っているのは?
 家族?
 友達?


 少なくとも、今の「私」はそこにいない
 あなたを看取りるには、私では足りない




・私たちは、看取りを仕事にしている
 看取りをしてお金をもらっている


 でも本当は、人が人と過ごしているだけ
 人生の最後を、過ごすだけ


 その私たちが、何をするの?
 何ができるの?
 傲慢にはなれない
 できることだけ、ただやるだけ




・私は看取りを知らない
 死を知らない
 それは、大きな経験不足
 死を語れない
 今はできることを、続けるだけ
 そのうちに、私も死に出会うのかな






「私には時間が必要」と、勝手に思った
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