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これ持っていって

「今日死んじまうからこれ持っていって」
ティッシュペーパーに包まれた「これ」を指差しHさんが僕に言った。Hさんは随分前から自らの意思で食べることを止めていた。だから実際、いつ亡くなってもおかしくない状態だった。ろくに水分も摂らないから声も枯れていた。
「今日死んでほしくないから持っていきません。もし亡くなったらその時に頂きます」
僕はそう言ってHさんの申し出を断った。いつものように何を話すでもなく、手足のマッサージをしながら一緒に過ごす。こんな時間がもう長くは続かないことを僕も解っていた。結局、その日Hさんは死ななかった。

Hさんはよく職員に手紙を書いた。僕にもたくさんの手紙をくれた。旦那さんを戦争で亡くしたこと、女手一つで二人のお子様を育てたこと、その途中、二男は木から落ちて死んでしまったこと等、Hさんの人生が綴られていた。そして、最後にはいつも「我が子のように愛しい大助さんへ」と書かれていた。
返事の手紙で僕が「他人からの評価ばかり気になってしまう」と書いた時には「暇だからだよ。」「本当に一生懸命になったら他人の評価なんて気にしている暇はなくなるよ」「ツマラナイことを気にせずに一生懸命になって笑って生きなさい」そんな素敵な言葉を贈ってくれた。
クリスマス会では、パンツ一丁で踊る僕を見て大きな口を開けて笑っていた。普段は温厚なのに頑固なところがあって、いつも一緒にいたIさんと喧嘩して…結局仲直りをしないままだった。

「今日死んじまうからこれ持っていって」…そう話した三日後にHさんは本当に亡くなった。まるで眠っているかのような穏やかな御顔をしていた。枕元には、ティッシュに包まれた「これ」が置かれていた。僕は相談員に事情を話し、約束通りに「これ」をもらった。今回も手紙だと思っていた。最期の手紙だなと思いながらティッシュを開けた。
「覚えていてね」そんな言葉を言われた気がした。今でも「これ」は僕の家の本棚に大切に飾られていて、相変わらずツマラナイことを気にしてしまう僕を見守り叱咤激励してくれる。

ティッシュに包まれていた「これ」は、Hさんのとびきり笑顔の写真だった。
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